国立西洋美術館

アンリ・ファンタン=ラトゥールの静物画に会いに国立西洋美術館へ行く。いつもは、ざっと見て回るのだが、出発前に展示作品リストを打ち出し、ひとつずつ丁寧に観て回った。
まず、順路どおりに進みながらやはり足をとめてじっと眺めたのが17世紀のフランドル絵画のコーナーである。大好きなブリューゲルの人物を描くときに特徴的な服の色彩「青」「赤」「白」に、何か意味がこめられているのかと考え、ふと横にあるブレーンベルフなる画家の『バラムとろばのいる海岸風景」(1634)に目が釘付けになった。あまりに精細な風景画で、目を近づければさらに細かい描写に感動を覚えつつしばし眺めれば、横から係員の方に「線を越えないで鑑賞してください」とお叱りを受けてしまった。なにがすごいのって帆船のロープから、遠景の人物まで、これ以上細い線はないぞという線で描写している。それをじっと目を凝らして見出すたびに、不思議な感動を覚えるのである。
この精細な描写に対する感動は、同フロアのアンソニー・ヴァン・ダイクやコルネリス・ド・へーム、さらにアドリアーン・ファン・ユトレヒトの作品でも味わうことが出来た。
また、今回は新たに素敵な女性にめぐり合った。自画像で自らを描くマリー=ガブリエリ・カペ嬢である。何とも愛くるしい自画像には、画家自身を美しく描く際に感じたであろう恥じらいが感じられ、好感のもてる作品となっている。
そして、いつもその絵を前にすると後ろの手すりに寄りかかりながら、その不思議な世界の描写に見入ってしまうヨーハン・ハインリッヒ・フュースリの『グイド・カヴァルカンティエの亡霊に出会うテオドーレ』では、今日もまた10分ほど見入っていたが、不思議に自分が眺め始めると、後からくる人たちも同じように眺めるのが面白い。
やっと、お目当てのアンリ・ファンタン=ラトゥールの『花と果物、ワイン容れのある静物』(1865)、いつ見ても飽きないこの絵の隣には、夫人の作品も並べられており、生けられた花の表現はそっくりである。
横を見るとクールベの力強い『波』。反骨精神の画家の渾身を込めた筆づかいが感じられる、大好きな作品だ。
そして、次なるお目当てのエルネスト・ローランの『美しい肩』(1920)。点描画法でありながら、これでもかと点描を強く見せ付けるのではなく、ごく自然に美しくうなじから肩を表現した作品である。
そして、今回は特にはっとさせられたのは藤田嗣治の『座る女』(1929)。細い輪郭線だけで、無駄な表現をすべて捨て去った簡潔な表現で、現代的な女性像をうまく表現しているなあとしばし眺めていた・・・
今日の、鑑賞はいろいろ発見もあってとても楽しかった。