宮本文昭ファイナルコンサート

オーボエ宮本文昭が来年3月にオーボエ奏者としての活動に終止符を打つとのことで催されたコンサートである。
曲目
アルビノーニ オーボエ協奏曲変ロ長調
モーツアルト オーボエ協奏曲ハ長調
ベートーヴェン 交響曲第4番
指揮と独奏は宮本文昭
アルビノーニオーボエ協奏曲は、出だしから引き込まれる美しい曲である。編成は至って小規模で、チェンバロが入っての演奏であった。
アルビノーニを聴くと、そのメロディラインの美しさに感嘆してしまう。またオーボエを実に上手く使っていて、宮本のソロが光っていた。
最後のコンサートにこの曲を選んだのがわかるような気がする。本来ならばオーボエがぐっと前面に出てきそうなところだが、バックの弦楽器の
メロディもとてもきれいで、そのバランスがとても良い。
モーツアルトオーボエ協奏曲は、その存在がモーツアルトの手紙からわかっていながら行方不明だったのを1920年に発見したとのこと。
フルート協奏曲の2番のオーボエ版だが、オーボエ協奏曲が先に書かれた説と、フルート協奏曲を編曲したとの説があるそうだ。
いずれにしても、どちらの演奏にしてもモーツアルトの美が100%出ていると思う。
この2曲を聴いて、宮本のすごさがよくわかった。
楽譜という2次元で表現された音楽が、まさに3次元に膨れ上がり、さらに聴き手の心を揺り動かす4次元空間を演出しているように思われたからだ。演奏する仕草にも、宮本の表現力がにじみ出ていて、演奏を聴くだけでなく、見ることでも何か迫るものを感じた。
この若さで、オーボエ奏者としての活動を終えるのは実に惜しい。この日に宮本のオーボエを聴けたのは良かった。
ベートーヴェンの4番は宮本の指揮で演奏された。はっきり言って宮本の指揮は不慣れだったと思う。しかし、音楽家宮本の作り上げる4番は、今まで聴いたことのない4番だった。様々な4番を聴いてきたが、こんなに迫ってくる4番は聴いたことがなかった。
不慣れな指揮でありながら、鬼気迫る演奏だったのはなぜか?それは、とりもなおさず宮本の秀でた音楽性によるものだったろうし、都響の面々の力量によるものであろう。宮本が4番をどう表現したいかを、コンサートマスターの矢部は理解し、それを明確に楽団員に伝えていた。
4番をどう演奏したいか。人それぞれ違うはずだ。自分の頭にある4番は、好きな演奏を下敷きにしながらも、自分の感性によって再構築されているだろう。自分もそうだ。指揮者の真似事を空想しながら、頭で、あるいは口ずさんでみる4番は、リズムや強弱を自分の思うままに表現する。
だから、宮本の演奏を聴きながら「ああ、宮本氏は4番はこうあって欲しいと、様々な演奏家の演奏を聴いていたのだなぁ」と感じた。
自分は、宮本の演奏が大変気に入った。実に情熱的で、力強かった。クラシックにこんな表現が似合わないと思うが、かっこよかった!
これから、宮本氏は指揮者として立つのかもしれないが、彼の音楽性による表現は、独奏者としての表現にとどまらず、様々なジャンルで聴くことができるなんてすばらしいことだと思った。
この4番を聴いた自分は幸せものだなぁ・・と嬉々としてサントリーホールを後にした。