読了12 桐野夏生『錆びる心』錆びる心 (文春文庫)作者: 桐野夏生出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2000/11/01メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 5回この商品を含むブログ (36件) を見る

月刊誌に載った短編集である。それぞれが人間の持つ心の裏側、隠れた狂気を描いた
作品となっている。特に面白かったのが、飲むと自分でなくなってしまう男の
過去の不祥事をたどる「ジェイソン」であった。飲みすぎて意識がない時の自分、
寝ているときの自分がどうなっているのかはわからない。この言いようのない不安
は大いに共感するところだ。自分自身も、飲んで自分を失ったことが一度ある。
それは思い出したくない過去なのだが、それ以来酒で自分を失うのが怖くなり
決して深酒はしないようにしている。自分に責任の持てない時間ほど怖いものは
ない。この作品では、自分以外の人間が自分をどう見ているのかを、あえて知ろうと
昔の友人たちに聞いて回るという話だが、出てくる話にいざ対峙した時の男の気持ちを
知るとなんとも切ない思いがした。
よく、酒を浴びるほど飲んで自分を失う人もいる。飲むと説教をはじめ、悪口を言うのを
見るとたまらなくなってしまうが、自分を失ってしまうことを恐れていないのは、その
人にとって良いことなのか?飲んだ次の日に「昨日は・・・」と教えてあげたほうが
その人のためなのか・・・飲み助にはぜひ一読をお勧めしたい作品であった。
他にも、枯れた庭園を愛する男、生物の世界と現実を混同する女、10年復讐を思い
続ける女など、まともな世界との境界に生きる人々の心情を描いた作品があり、
人間の社会に適応している姿と裏の姿について気づくことができる作品群であった。
桐野氏の視点と小説にするアプローチに知性が感じられた一冊であった。