プロムナードコンサート

東京都交響楽団
プロムナードコンサート No.330 サントリーホール
指揮:小泉和裕 和太鼓:林英哲
グリーグ:2つの悲しい旋律 op.34
松下功:和太鼓協奏曲『飛天遊』
チャイコフスキー交響曲第1番 ト短調 『冬の日の幻想』 op.13
・・・ということで、プログラムの1曲目から聴くことが出来たのだが
初めのグリーグは何とも美しい調べ。特に2曲目は死を予感した詩人が
「この春は私にとって最後の春になるのか・・」と思いを込めた詩をもとに
しているそうだが、日本では「過ぎし春」と誤訳されているらしい。
原作を思い浮かべればまたこの曲はひとしおもの悲しさが感じられるのに。
溜池山王に向かう電車の中で、今読んでいる『フィッツジェラルド短編集』の
ニューヨークの上流家庭に生まれた青年を描いた「金持の御曹子」を読んでいた
のだが、富裕層に生まれながら次第に色あせていく生き様を思うと、この「春」
のうらさびしいが、どこと無く気品のある旋律が上手く重なった。
2曲目の和太鼓協奏曲は、驚いた。林英哲氏の力強く、歯切れの良い和太鼓に
ひきつけられた。作曲家も会場にいたのか、最後の挨拶で1階席で立ち上がっていた
方がおられた。会場の拍手のすごさに気をよくされたかと思う。
和太鼓の魅力を十分に引き出した曲だった。
さて、最後のチャイコフスキーだが、この曲は思い入れがたっぷりあるので一番の
注目であった。初めて聴いたのは1980年テレビのNHK交響楽団、指揮はキリル
コンドラシンであったが、録画したテープが擦り切れるほど聴いた曲である。
解説よると、若き日のチャイコフスキーがだめ出しを何度も言い渡され、悪戦苦闘の末
書き上げた作品らしい。自分は1楽章、2楽章の木管の第2主題が大好きだが、今日の
演奏では木管が実にすばらしい音色を聴かせてくれた。
本日指揮の小泉氏の4楽章は、重々しすぎず、かつ低音部、金管を上手く響かせての
公演だったように思う。以前、N響アシュケナージの同曲を聴いた覚えがあるが、
最後のコーダはアップテンポにならずに悠々と終わるところは似ていたように思う。
自分はコンドラシンで聴いた演奏が脳みそに刷り込まれているので、もう少し最後を
畳み込むように終わって欲しいのだが、さまざまなCD同様、こっちの方が楽譜に忠実
なのだろう。
帰りは薄ら寒く、雨もぽつぽつ・・・
家に帰ると早速、グリーグの曲を検証する。やはり「春」は原題どおりの解釈の方が
曲にぴったりだと確信する♪